Yoshino Yoshikawa Blog

「芳川よしの」についての最新情報を書きます!

鬱が治らない人は思想を変えて必要に応じてお薬を飲めばいいと思うよ

最近しばらくブログ書いてなかったので書いてみようと思います。
というのも「凄いアイディア思いついたんだけど、ひとつはなんとかで、もうひとつは…あれ全く思い出せない」といった事が先日あったから。回復してきたとはいえ記憶にインデックスをつけないと思い出せなくなっちゃう程度の脳機能なので、そういう作業です。

病気が落ち着いてきた

頭の持病なのですが、最近どうやら落ち着いてきました。おそらく非定型うつ。最後にたどり着いた漢方と西洋医学的治療を両方取り扱ってる先生の見立てがいちばんしっくりくる。

2001年 当時小学生。人生で頭が回らない無気力な状態を初めて体験する
2005年 記憶力が落ち始める
2007年 学校に通えなくなる
2009年 脳の機能が落ちすぎて人格が荒廃する。芳川よしのをはじめる。
2010年 治療開始、人間としての活力が戻ってくるが、副作用で体重が増え始める。
2013年 太りすぎたのでこれまで飲んでいた薬をやめてあらゆるホメオパシーやら鍼灸やら西洋薬(保険適用)やらタバコやニコチンパッチなどをだいたい全部試す。ホメオパシーの本質はおそらく自己暗示。しかし、コストが高すぎる。鍼灸はやってて気持ちがいい。ただ、劇的な改善にはならず。西洋薬は恐ろしく良く効くものもある。でも副作用が強い。タバコはくさいのでつらい。ニコチンパッチは動悸がひどかったので中止。そして全部辞めるとやっぱり人格が荒廃してひきこもりに。
2014年 自分にぴったり合う薬の組み合わせを発見して、真人間に近づく。漢方薬をここにきてはじめて試すけどなかなか調子がいい。20kgくらい体重を落とした。悩みがあまりなくなった。

というわけで記憶力も情報処理能力も少しずつ戻ってきてて、人間としての生きる喜びをほぼ10年ぶりくらいに取り戻しつつあります。ときどき不安定にはなるけど対処法はあるし。

普通に鬱の治療してて治らない人は

とりあえず医者の言う通りに薬飲んでるといつのまにか薬漬けって事案はよくあるので、全部見通せてるようなDr.を探すと良さ。あと自分で情報は調べる事。メンタルヘルスこじらせると人間は死ぬのでそれをふまえつつ慎重にかつ大胆に進める。

まず思想を変える

・鬱などの気分障害は脳のハードウエア的不具合で発生するエラーが殆どの原因なので気の持ちようでどうにかなるという幻想をさっさとゴミ箱に捨てて空にする。どうにもなんない。1+1を3って返すようなコンピュータでソフトはまともに動く訳が無いじゃない!


…というのをふまえた上で、ソフトウエアが重いとまたシステムクラッシュするので軽量化していく。


・気の持ちようでどうにかなる精神論と自己管理をすることが出来るということを信じてる人間には 「胃腸がものすごく弱い」というキャッチーな嘘をつく。だいたい通じる。(本当に胃腸の弱い人にはごめんなさい。もの凄くつらいと思います。)


ステークホルダーにはちゃんと説明する。ただし理解されようとは思わない事。(冷静に考えて、自分がなった事の無い病気なんて分かる訳が無い) 説明して不利になることも多いので、そういう時は黙ってるのもあり。


・投薬してアクティブな人生を送るか、投薬しないでぼんやり過ごす人生にするのかを決める


・病気になっちゃった自分の境遇をあんまり呪わない


・物事はつねに移り変わりゆくものであるということを知る。人はいつか死ぬし「いま、ここ、私」以外の事はどうでも良いし、どうにもならない。だから考えない。(Be here and now.)


・自分が見ている風景、色、これらはそう見えているだけで、異なるレスポンス特性を持った他の生物の感覚器官(たとえば虫とか)から観た世界はきっと全然違う。


・とりあえずいま生きれてる事に感謝


・自分が生きてる事を喜んでくれる誰かがいるなら、たとえ寝たきりでも生きてる価値はあるよ


・それでもだめで、宗教が必要で、悟りをダウンロードしたいなら般若心境でも読んでみる
 → 要約すると「こだわるな」ってこと。「〜であらねばならない」って考えるから苦しい。理想的な状態なんてそんなにあるもんじゃない。

Shorter Prajñāpāramitā Hṛdaya Sūtra - Wikisource, the free online library


・別に宗教はなんでもいい。信じなくても良い。思想は良いものが多いのに、コミュニティ自体が利権になっちゃってるように見えるのでだるそう。そんなのはどうでもよくて、大事なのは、唯物論に陥る事だけは避けること。検証されたものこそ全てである科学哲学は苦しい人を救ってくれない。仕組みに気づき本質を見抜く事。


・やれるだけのことを、やれるときにやればいい。無理をしない。


・「いま、ここ」しかない民族の人は幸せそうに生きているという事実

既成概念を遥かに超越。謎の言語を操るアマゾンの少数民族『ピダハン』 - NAVER まとめ


・自分がどうしようもなくなったときに掛け値なしにサポートしてくれた人は特に大事にする。そうでない人も大事にする。つらそうな人がいたら優しくする。怖がってる人がいたら怖さをとってあげる。言葉で相手を傷つけない。ちゃんと考える。(Keep your mind right, I'm on your side.)


・自分の行動が相手にどう思われるかというのをあんまり考えすぎない。その人とどういう関係性で居たいのかというのを明確にして、行動を選ぶ。


・自分の思いを大事にすること。あなたは限りある生きている時間で何をしたいのか


・時間はとても大事なので相手を多少イラつかせても自分の時間は守っても良いのかも


その次に、気のフローを良くすることを考えると良い

漢方薬で気を整えてストレスと再発リスクを低減(抑肝散, 桂枝加竜骨牡蛎湯など)
・適度な運動, 野菜の多い食事, 良い睡眠
・過眠などの睡眠障害が出たときは、専門の病院に相談。
向精神薬(Major Tranquilizer)の使用は最少量にとどめる。副作用が大きすぎるので。ただし、ベネフィットがリスクを上回ると判断したときはためらい無く使う事。

いち動物として実直に生きることが、ストレス低減に繋がる。健康な身体を維持する事。


私の場合は、モディオダール, エビリファイ, 抑肝散, 桂枝加竜骨牡蛎湯を併用して、副作用最小にしてばっちり動けるようになりました。


と同時に、頭が良く動くので悩みが無くなってしまい、呪いもなくなり、負のエネルギーもなくなりすっかり曲がかけなくなりました。とっても困ってます…。人間適度に俗っぽい方が良いようです。対応策は検討中…。


まあ、万人に適用できるとは思わないから、そんなんじゃ治らないって類いの苦情は一切受け付けないよ( ˘ω˘ )勝手にしやがれ。死にたきゃ死ぬのもありかもしれない(苦痛が続いてる人、割とつらそうだし本気でそう思う。ただ、残されるものはめっちゃ悲しい。。)

ヒントにはなるといいな。

Bluetoothレシーバーを買った

ここからは全然関係ないのだけども、打ち合わせだか、なんらかの用事で最近外に出る機会がとても増えたので出先で音楽を聴けたり本を読んだりしたら時間を効率的に使えるのでは…と思いBluetoothレシーバーをゲットして、電子書籍を本格的に導入してみてから1ヶ月が経つ。


私が買ったBluetoothレシーバーはこれ。これに愛用のHD25を差して使う訳だけども、なかなかどうして良い。iPhoneに長いケーブルがついていると取り回しがとても面倒なのだけれど、Bluetoothは当然ワイヤレスなので音楽を聴いてる最中にiPhoneを操作したくなってもケーブルが絡まらない!これは凄い。音もこれまで使ってきたBluetooth関連機器の中でいちばん良いかと思います。iTunesライブラリにインポートするときにAACエンコードしておけば音も悪くないし、電車の中じゃ気にならないよ。

電子書籍リーダーはiPad miniにi文庫HD, Kindleを入れて使ってます。Kindleで買えるものはkindleで手に入れて、そうでないものはBookscanに送ってpdf化してもらう方向性です。バックライトあるし、文字も大きいし、紙媒体の本を読むのがとても苦手だった私にとって革命的事件でした。だって、本がすらすら読めちゃう訳だから。何冊入れても重さは変わらないし。しかもKindle版はちょっとだけ安い本が多い。半額くらいで買えるものもあるし。


…というわけでこうした生活は1ヶ月くらい続けてみたのだけど、移動中に本読んだりヘッドフォンして音楽聴いたりするの全然得意じゃないし、ストレスがササっと溜まる事がわかったので家で座ってじっくり本とかに向かいたいものです。人間どうしても向き不向きがあります。ちょっと元気になってきたからといって調子に乗ってしまった。



まあこんな調子です。とりあえず生きてますよ、と。

プロデューサーは「グローバル・ニッチ・ハイクオリティ・コミュニケーション」を目指せ

先日、チームラボ代表、猪子さんのコラムを読んだ。


結論としては、ハイクオリティに携わるのであれば、グローバルレベルで地獄のような競争をしていかなければいけないし、逆に言えば、グローバルレベルでハイクオリティになれば、これまであまり儲からなかった分野であったとしても、これまでよりもずっと簡単にマーケットがグローバルになり、富が集中するのです。そして、その変化と同様に、ローカルでは、コミュニティによる影響が強くなっていくのです。それらひとつひとつは、経済規模が小さかったり、場合によっては非経済なモデルになったりするかもしれませんが、全体としての影響力は非常に大きくなっていくのです。ビジネスとしては、AKB48のように、コミュニティに耐えうるような、新しい設計がヒントになりうるし、もしくは、初音ミクのようにコミュニティに提供するツールや、ニコニコ超会議のような場の提供が、ヒントになるかもしれません。少なくとも、これまで経済の中心であった、ローカル・ハイクオリティ(ハイクオリティであるが、国内でしか通用しない)というものは、すべての分野で苦しくなるのです。なぜなら、ハイクオリティであるがゆえにコミュニティを持てない、だからその延長に"コミュニティとの一体モデル"を持ち得ないのですから。世界は、やがて、ローカル・ハイクオリティが死に絶え、グローバル・ハイクオリティでノーコミュニティ層と、ローカル・ロークオリティでコミュニティ層の組み合わせに分たかきたら。れていくでしょう。それらは、交わることなく、より分断されていきながら社会への影響力を強めていくのです。

猪子寿之の考える「全員主役。」時代のビジネスとコミュニティの関係 | GQ JAPAN

興味深い内容なので是非ご一読を。アレンジを加えつつ私なりに要約してみます。

コンテンツは4タイプに分類できる。
グローバル・ロークオリティはそもそも成立し得ないので除外すると3つ。

グローバル・ハイクオリティ

熾烈な国際的品質競争に巻き込まれこそするものの、マーケットが大きいので富が集中する。日本人が目指すには語学の壁がある。

ローカル・ハイクオリティ

ハイクオリティだが、グローバルな訴求力がないものがここに入る。品質を追求するためにコスト高なのだが、マーケットが小さいので回収できない。ジリ貧。

ローカル・ロークオリティ(コミュニケーション)

グローバルマーケットがでは通用しない低品質なものがここに入る。品質以外の価値をつける必要があり、たとえばコミュニティによる付加価値(友達がもっている、パワーのあるブランドイメージを持った人が作っているなど)が価値基準になる。


このロジックを音楽に当てはめてみると、成功のためにミュージシャンが目指すべきパスが見えてくるかと思いきや、そんなことはなかった。ビジネスの構造を変えない限りブルーオーシャンはないからだ。グローバル・ハイクオリティにいくにしろ、ローカル・ロークオリティ(コミュニケーション)を目指すにしろ音楽だけでの差別化が難しいのでミュージシャンにとって血で血を洗うレッドオーシャンでの戦いになるのは必至。グローバル・ハイクオリティを目指すのであればネイティブと遜色のない英語力を身につけた上で単身切り込んでいくか、日本でクレジットを貯めるかのどちらかだと思う。
※ローカル・ハイクオリティを目指すのは自殺行為なのでやめましょう。

どんな音をつくりたいのか

結局は思想的な話になるのだと思います。
自分がどういうものが好きなのか、なにを成したいのか、何を作りたいのか。
つくられたものは、その物を生み出した思想、時代や文化が乗る。音楽もまた例外ではない。あなたは今この時代、どんなサウンドを作りますか?


会社はどこかしら傾くかもしれないけど、大丈夫。音楽は無くならないから。
ただこのままShowbizに重きを置きつづけていると、可愛い女の子は消費するけど音楽を消費しないって文化になっちゃいそうな気もする。もしかしたらもう既に、コミュニケーションか可愛い女の子しか消費されなくなっているのかもしれない。これこそ危惧すべき状況でしょう。お金が稼げるからってクライアントの要求を飲み過ぎる職業作家にも責任があるとおもう。いかなる時もあなたが好きな音をつくってください。

(美意識も、好きなものも、コミュニケーションすらも取る気がないなら機材全部ヤフオクで売り払って孤独に暮らせ)



日本人の英語力が諸外国並になるのにはあと20年くらいかかりそうなので、よっぽど英語が得意で音楽も得意って人以外は私みたいにTwitterで「TOEICなんとか点ダー!」とかってぬか喜びしてないで淡々と学んで英語を実際に使えるようにしつつ、ローカル・ロークオリティ・コミュニケーションのフィールドでとりあえず生き延びる他ない。ただ、サウンドの質を追求しても価値になりにくいし、一切国外にスケールしないのであんまり面白くないと思います。

グローバル・ニッチ・ハイクオリティ・コミュニケーション

で、まだ一つあったまだちょっと青い海!
「ローカル・ハイクオリティ」はジリ貧なのでやめましょうという主張を展開してきたけれども「ローカル・ハイクオリティ + コミュニケーション」はグローバルコンテンツに化ける可能性がある。
きゃりーぱみゅぱみゅを、Baby Metalをみてほしい。コミュニケーション強度もコンテンツクオリティの強度としても世界レベルで戦えるアーティストがいるじゃないですか。グローバル・ハイクオリティ、いやグローバル・ニッチ・ハイクオリティ・コミュニケーションなれる、現実的な可能性なのかもしれない。


音楽で作家で稼ごうとしちゃうと濁流に飲まれてしまうので、自身のブランドとサウンドを磨いて確立しつつ、コミュニケーションをして、時々企業案件をやってお金を稼いで、ローカル・ハイクオリティ + コミュニケーションからのグローバル・ニッチ・ハイクオリティ・コミュニケーションを目指すのをこのBlogとしてはお勧めしたいです。ジャンル(様式)とはコミュニケーションの土壌という点以外だと、あくまで様式なのでそこを踏まえた上で次に何をするのかという点を重視してほしいです。自分のユニーク性を確立してほしいと思う。


ローカル・ハイクオリティでマネタイズ出来てない人達が音楽をやめていってしまうのは大きな社会的損失なので、そこはなんとかしたいですね。テクノロジが解決する可能性にかけてみたいと思います。お楽しみに。

まとめ

音楽で金稼ごうとか思うのやめろ
英語勉強しろ

しばらくBlogを更新していないなと思い

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Yoshino Yoshikawa Blogっぽい更新をしばらくしていなかったので、書いてみよう。

まずPICNICのお話

2週間前からクラウドファンディングプラットフォーム"PICNIC"で「ラブリーサマーちゃんと芳川よしの」でCDを制作するためのクラウドファンディングをしている。60万円の募集に成功するとCD制作が決定し、一昨日目標金額を無事に超えることが出来た。期日まであと4日を残して、現在の募集金額は743,000円。さらに100万円に設定してある追加のストレッチゴールを達成するとAvec Avec, The Wedding MistakesによるRemix、2.5Dでのリリースパーティーの開催といった内容が追加される。もしストレッチゴールを達成できなくても通常ゴールを達成した以上CD制作は責任を持って行うので、「ストレッチゴールを達成できる可能性」というシナリオに参加出来る前売りCD的な性格になっている。参加者にもはやリスクは無い。握手券でこそないものの、性質としては同種のものだ。


まだPINICしていない方々へ。是非、今しか出来ないこの体験を得るために"PICNIC"してほしい。8/3(日)23:59が〆切りだ。〆切りを過ぎてもおそらくCDは買うことが出来る。しかし、あなたにとって、私たちにとってこのクラウドファンディングプロジェクトに関わるという出来事は間違いなく「一回性」だ。プレスリリースを打つ段階では媒体にコネクションを持つ人物に協力をお願いしたりもしたが、サウンドと予算は間違いなく「ラブリーサマーちゃんと芳川よしの」が握っている。説得すべきスポンサーやクライアントはここには存在しない。邪魔も無いので間違いなく私たちが良いと思えるものが作れる。だから安心してPICNICして、このストーリーを一緒に紡いで欲しい。


PICNIC | ラブリーサマーちゃんと芳川よしのと、CDをつくろう!




さて、改めて。通常目標を達成したということは、無事にCD制作が出来ると言うことだ。詳細な見積と納期の確認を各所に行う必要が出てくる。業者に見積をお願いするだけして「計画失敗したからやっぱり無しね」ってのも迷惑かと思い実はしていなかった。連絡、確認、調整といった事務タスクがちょっと集中してしまって大変だが、嬉しい悲鳴だ。

クラウドファンディングのリスク

クラウドファンディングはこのように、短期間にして多くの人から資金を募ることも出来るが、失敗したときにはプロジェクト開催者の信用を大きく損ねることに直結するリスクの高い資金調達法だ。アプリケーションや製造など実際にモノを作っているのであれば、他の方法でも調達出来るかもしれないが、音楽は文字通り空気商売だ。「何か実際に引き起こすんじゃ無いか」という空気が広まってくると信用が創造されていく。反対に「こいつはもうダメだ」という空気もあっという間に伝搬する。それをおそらく嗅覚で感じるのだろう、ミュージシャンはあらゆる方法を使って信用を創造しようとしていく。ソーシャルネットワークサービスが出てからそれらが誰でも観れる形で可視化されるようになったが、ミュージシャン同士が同じ写真に写ったり、影響力のあるミュージシャンに取り上げられたといった内容は素早く書いたりmentionを飛ばし合ったりしている。それらも立派に創造の一環だ。考えながらやっている人も中にはいるのかもしれないが、おそらく無意識的にやっているのだろう。私はそういうのは面倒だと思う。ただ、今まで伝える努力を怠ったり、誤解を解く努力をしていなかったので憂き目にもあってきた。その点は頑張っていきたい。

「いま、ここ、わたし」を生きろ

後出しじゃんけんのようでちょっとずるい話なのだけど、書いておこうと思う。もし今回失敗したら特に引退を宣言するわけでも無く、芳川よしのはひっそりと姿を消そうと思っていた。コミュニケーションと文化で何が出来るかなんてことを考えるのもちょっと嫌になっていた。ピュアなテクノロジーの方がいくらか私の心をつかむのだ。音楽で稼げない?何の問題がある。これだけ音楽が作れて、人に理解されて、もうコツを知っているので楽器も練習すればするだけ上手くなっていく。素晴らしいことじゃないですか。鋼の錬金術師で言うところの両手を合わせたら即錬成出来るような状態ですよ。知性、これ以上の価値を持つ宝物は私にはわからない。


何も人生音楽だけではない。人工知能だってソフトウエア開発だって面白そうだ。やりたいことは沢山ある。アーティストとしての未来を失っても全てを失うわけでは無い。一つの事に執着しすぎて今を生きれなくなってしまうということの方が何より恐ろしい。転んだらもういっかい立ち上がればいい。


体長の悪いときは「まだ続くのか!辛すぎる早く終われ!」と本気で思っていたが、いざ自由を取り戻すと死ぬのはとても不気味だ。



2週間前、私は焦っていた。最悪のケースとして自分の社会的信用を使って99,999円ピクニックしてでもプロジェクトを成立させ信用を守るべきなのではないかという悪行のオプションも頭によぎったが、それのおかげで私が音楽に執着していたということに気づけた。結局物事はなるようにしかならないし、あるがままでいるしかない。だから、その手段は使わないことに決めた。


幸いにしてもう使う必要もなくなった。
私たちのビジョンを信じてくれた143人もの人々が支援してくれたから。

よろしい、ならば音楽だ

奇跡的なバランスで今、私はまだ生きている。音楽もまだ続けていいらしい。
自分が自分らしくあるという願いだけはランプの精もかなえられないけれど、いまの私ならかなえることが出来るだろう。次なるビジョンはもういくつか用意していて、かつ動き始めているものもあるので期待してていいと思います。間違いなく世界が面白くなるものです。

間違いなくチャンスをもう一度手にした。全力で取り組みたいと思う。

ところで

自己啓発系の本で著者が「いま、ここ、わたし」を大事にしろと口を揃えて言い出しちゃうのなんなんでしょうね。人間極限状態を経験した後に回復するとスピるのかな。

PICNICはじまりました!

こんにちは、芳川よしのです。すっかり更新が遅れてしまいました。
「ラブリーサマーちゃんと芳川よしの」としCDを出す為のPICNICクラウドファンディングプロジェクトがはじまりました!

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PICNIC | ラブリーサマーちゃんと芳川よしのと、CDをつくろう!

開始から一晩あけまして現在39%のご支援をいただいています。
支援してくださった皆様本当にありがとうございます!

まさか自分がPICNICをする張本人になるとは思っていなかったのですが、実現に向けて、頑張ります!

声を上げて伝えることの大切さ、です。人間は幽霊のようには生きれない。あなたが景色を見ている時、あなたもそこに存在しているんです。誰かに影響を与えられる存在なんです。


成功した暁には全力で良い物を作りますので、ご支援よろしくお願いします!


音圧と透明感について

音圧出てるのに音はcoolなまま(サチュレーション感がない 対義語:hotな音)でかっこいいトラックってあるじゃないですか。ここ数年で急速に増えてきた気がする。
「私は音圧戦争から撤退したんだー!」って言ってもいまいち空しい。アタックが早くてクリアで音圧が大きい音はやっぱり格好いいのだ。


サチュレートすると音がどんどんhotになってくのなら、そうさせたときに増える帯域を予め削っておけばフラットになるのでは?!等と考えて、2〜6KHzあたりディエッサーっぽく設定したマルチバンドコンプをかけておいて、EQで50Hz以下、200Hz、800Hz、4kHzあたりをポイントで削り、最後にリミッティングしてあげたらそこそこ音はシャープなまま高音圧になった。

だけどなんか違う

…飽和で盛り上げる音楽はもしかしたら死んでいるのかもしれない。(暴論)
いや、私がmix / masteringへたくそなだけだー。


同時になってる音の量を減らしつつ、味付けとして以外のコンプ、リミッティングを極力しないで鳴らしてあげるのがいちばん音圧あがるよね。それが2014年の質感。そして、日本で到達してるのはPa's Lam SystemとAvec Avecだけだと思う。すごい。



私はというと、こっそり試行錯誤しつつ、しばらくは音圧を犠牲にしようと思う。頑張れ凡人。ここから先はアレンジも変えていかないと到達出来ない領域。革新的な物は一聴しただけでこれまでのものが古く感じられるし、そういうものを作れたら幸せ。

できんのか??やれ! (JUST DO IT)

未来はずっと続いてく

東京を終えて

"東京"お越しいただきありがとうございました。すっかり更新が遅くなってしまいました…。
当日を迎えてみるまで、私の出番の時にお客さんは来るのか、セットはうまく走るのか…等の沢山の懸念があったのですが
蓋を開けてみると、KATAは溢れ変えていて、中に入れないなんて声も聞こえてきたし、なにりお客さんが温かかった。こんなに長い間ライブをやっていなかったのにもかかわらず。Lovely Rainy DayでもYumetatsuでも本当にフロアが盛り上がってて嬉しかった。ありがとう。

5/9に行われたZOOM LENSのパーティーも、本当に最高でした。こう最高なパーティーが2本も続くと鬱になってしまうのでは…という懸念はありましたが、週半ばも過ぎて、今のところ元気にやってます。

自動作曲について

先週、やねうらおさんにお会いして自動作曲についてのお話しをしてきました。機械学習を用いて、メロディやコードを学習させてしまうというかなり野心的な試みです。これまでの自動作曲ソフトにあまり良いものがなかった理由の一つに、音楽を深くまで理解し気づきを得ているコンピュータの言葉が分かるミュージシャンの協力を得られにくかったという点があるかと思います。将棋と違って正解がないので、ある程度人間がメロディを分類してからマシンに食わせないといけません。自動作曲が発達すれば、やがて職業音楽家という職業はなくなるでしょう。なぜ、自分の首を半分絞めるようなことをしてまでこれを進めたいかというと、音楽を使って音楽でコミュニケーションを簡単に行える世界を作るためです。だっていやじゃん、断絶したりするの。非言語コミュニケーションこそ、今後最も面白い分野だと私は信じています。

だからこそ今私に必要なのは音楽家としての信用なのかもしれない。めっちゃがんばります。のりきりたい!

走ってる

フィジカルな意味で走ってるのですが、4kmが限度っぽいです。
しかし食べてしまうのでまったく痩せない。これはこまった。増えもしないからいいか。
脳内で「がんばれがんばれ!」っていう松岡修造氏の声を再生しておくと3kmからの1kmの一番キツい区間を乗り切れます。暑苦しいのでまったくおすすめしません。


未来はずっと続いてく

君が望もうと、望むまいと。

東京のどこかで

「芳川よしの」をはじめてから早5年弱、思えば遠く来たものだ。
この文書は5年前と変わらない実家のベッドルームから書いている。


「東京」というマルチネレコードのイベントを控えて、ひどくセンチメンタルな気分になっている。
私が倒れていたときも、当然ながら世界は動いていたのだ。完璧主義を拗らせて外に出ない間もしかり。みんな大人になった。マルチネからはたくさんスターも出た。チャンスはあった。私はもしかしたら一度きりのチャンスを物に出来ていなかったのかもしれない。

世界は動き続けている。私が理想とするサウンドは、世界標準からしたら取るに足らない物なのかもしれないし、一音で圧倒する説得力も、まだないのかもしれない。私のアイディアが、音が、全部妄想だったらどうしよう、と考えると恐怖だ。良い音を作るアーティストは、本当にたくさん居る。


私は一人で生きていられる程強い人間ではない。私のリリースを、SoundCloudを、ブログを、活動を追ってくれている人達のサポートが居なかったら、とうに音楽を作る事をやめていただろう。私の見えているものが、あなたにも見えているだろうか。。。不安になる。でも、伝わっているからこそ最近の私のリリースが、音が支持されているのかもしれない。実物として存在しない物を扱っているから、本当に紙一重だ。


寝る間も惜しんで調整をする。望み通りの音が出ない、イライラする。新しい解決法を探して試してみる、今度はちょっと近づけた。そんな事の繰り返しだ。ただ、そんな試行錯誤とノウハウの蓄積が、社会にとっての価値になるとは限らない。あんまりじゃないかと呪ったことも、実はたくさんある。


芳川よしのをスタートしてから5年弱が経った。あのときと変わらない場所から、この文章を書いている。


でも変わった事もある。すこしばかり、音楽の上で自由になれた。ビートと和声、テクスチャをあの頃に比べて遥かに自由に、飛び回るように扱う事が出来る。どうやって音が伝わるか、なぜ人は音を良いと思うのか、ほとんど言語化出来る。芸能はどうやって回っているか、エンターテイメントとはなんなのか、知っている。すこしだけ音楽とその周辺を取り巻くビジネスの核心に近づけた。それで、いいじゃないか。自分自身、特段才能がある方だとは思えない。人生の約1/5を費やしてこれだ。でも時間をかけた分だけ、音楽はちゃんと応えてくれていた。


そんな、私の手に入れたささやかな自由を、明日リキッドルーム / KATAというステージの上で、シェア出来るのを本当に楽しみにしています。「ほらみて!ちゃんと飛べるようになったよ」って気持ちを、12平均律とグルーヴを通して、物理現象にエンコードして。皆様の心に、ちゃんととどきますように。




日の光 すこしいたい 昼
夏の香り ほのかにする頃

みんな少しずつ 大人に なっていく 世の定め
喧噪に かき消されて 私の 声は届かない

枕木の繋ぎ目を こえ
東へ進み続ける 目指すは

煙くて 人ごみは苦手
大きな音が 響く

暗闇の中の光 またみたくて
会いたくて

過ぎ去ってしまった
あの日思い出す より今ここで

音楽をかけ続け 
もうすこしだけ 夢の続きをみよう

流れ星になるには
まだ少しだけ はやすぎる気がする

あの場所でまっている
かわり続ける 東京のどこかで