Yosshibox Blog

「芳川よしの」についての最新情報を書きます!

フリーに戻りました 

芳川よしのです。友人達の婚約ラッシュを受け、結婚前には是非一筆夫婦財産契約を結んでおきたいと思う昨今であります。

さて、専属実演家契約があったわけではないですが、とある事務所にこれまで一部エージェント的機能をお願いしておりました。この度、そういった関係性が終了しフリーに戻りました。理由と致しましては「無理して向いている方向を合わせて二人三脚をしても余り良くないね」といったあたりでしょうか。

これからは、テクノロジーと芸術の狭間になにが見えるのか、これからの人生の持ち時間で確かめに行きたいと思います。これって超エキサイティング。

何かご用事のある方は私に直接連絡を頂ければと思います。ただ、今後の私は、私の為だけに音を作るのだと心に決めておりますのでサウンドプロデューサーではない純粋な受託案件はおそらくお受け出来ません。とはいえ、音楽への情熱を失ったわけではなくいろいろ動いているので今後の展開をお楽しみに。人間の感性だけで作る、おそらく最後のアルバムを計画中です。詳細は今は申し上げる時期に無いのですが、2015年の私の計画の中でも非常に楽しみなことの一つです。

これまででもっとも良い音ができつつあるなという手応えはあるのですが毎回言い過ぎてボジョレー・ヌーボーの今年のできばえより意味の薄いステートメントだと思いますし、出来てくる音の良さで一喜一憂する時期はとうに終わり、ただ淡々と続けるのみであるなという事を実感しています。

つくづく芸能でもなくビジネスでもなく音楽とテクノロジにしか興味ないんだと思います。蛇足ですが、IBMのワトソンのようなコグニティブ・コンピュータが音楽を理解する未来が早く来ると良いですね。意外と、すぐそこだったりするかもしれません。

ちなみに数学が全く出来ませんので大変苦労しております。

ホテリングゲームの失敗とミュージシャンの選択

ゲーム理論とは

ゲーム理論の思考法 ( 川西諭 2013 ゲーム理論の思考法 中経出版 )という本を読みました。数学の基礎教養が無い人でもゲーム理論の基本的な考え方が2時間程度で浚える本です。

ゲーム理論の思考法 (中経の文庫)

ゲーム理論の思考法 (中経の文庫)

ゲーム理路の中に「コーディネーション・ゲーム」というタームがあるのですが、「ゲームに参加するプレイヤーが、同調することでお互い利益を得るという構造」のゲームの事を言います。本書に書かれている具体的な例として「VHSとβ」というビデオデッキの規格争い、恋人とデートに行くときの場所の選択、エスカレーターのどちらを空けるかという暗黙のルール、ファッションにおける流行色などが挙げられていて、特に最後の流行色などは「インターカラー」という組織が2年前に「トレンドカラー」として流行色を既に決めているという陰謀論的興味をそそるような例も挙げられていたのですがコーディネーション・ゲーム自体は特に良いものでも悪いものでもありません。

ところで、中にはコーディネーションの失敗という状態があるようです。人々にとって好ましくないナッシュ均衡に落ち着いてしまう事です。

コーディネーションの失敗

  1. みなが同じ行動をしてしまう、したくなる
  2. 安定してしまうと、変える事がむずかしい


→望ましくない状態から抜け出せなくなる
ex. 残業が当たり前の職場, 会議が多すぎる職場

川西諭 (2013) ゲーム理論の思考法 中経出版 (ページNo.836)

選択肢が2つ以上あるゲームとして「ホテリング・ゲーム」というものがあるのですが、より多くの人を取り込める場所を探すという目的があります。このゲームにおいてプレイヤーが最適な場所を探してしまった場合の具体例として「駅前のある場所にラーメン屋が集中する事」「テレビの番組内容や編成が似てしまう」といった例が挙げられていました。

ホテリング・ゲームの失敗

ここからは私の皮膚感覚的な話になるのですが、おそらく日本の商業音楽もホテリング・ゲームにおいて最適な状態をプレーヤーが選択し続けたため、音楽が好きな人たちにとっては豊かな音の生態系が失われるという「失敗」とでも言えるべき状況を抱えているのだと思います。そしてこのナッシュ均衡はプレーヤーの1人が頑張ったところで変わるものではありません。ゲームを降りずにそのまま続けているだけでは消耗していくばかりなので、ゲームをする場所を変えるか、ゲームのルールを変えることを考えなくてはいけません。

どうにかしてルールと場所を変えずに音だけでどうにか変えられないのか、という非合理的な選択肢を情熱のみで取り続けていた頃があったものだと、たまに思い出す事があります。

ミュージシャンの選択

私はまず、いちプレーヤーとしてゲームをする場所を変える事にします。その上で、より良い音、エッジな音を作ったクリエーター、ミュージシャンに金銭や、その他のインセンティブが与えられるそういう仕組みを作ることにします。個人としては豊かな音の生態系にこそコミットしたいですし、それをやることにインセンティブがあるという状況を作る事で多くのミュージシャンにそこを目指してもらえる可能性があるからです。後者については後々発表したいです。

評価経済社会・電子版プラス

評価経済社会・電子版プラス

評価経済社会の概念とデータの見えざる手の概念も非常に重要です。「データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則」の方は本当に凄い。

プレイスタイルを変えて、ゲームルールを変えるということを限りある時間・資本・社会資本(評価資本)の中で実行していかなくてはなりません。

最近の私が思う事

良い作品というものは、聴いた人の価値基準を書き換え、気づきを与え、時に人生までも変えてしまいます。そういったところを目指してもらうには資本主義とそのパラダイムが普及しきった現代において精神性の共有だけでは都市の景観すら守れないので、評価を与える仕組みをエディットしてアーキテクチャを変えるのが良さそう。

というのも、先週京都に行って来たのですが、もう何度もいってるはずなのに日本の都市の中では比較的統一感のある町並みが見られるのではないかと期待していた自分が居たのですが、清水寺から見える光景にあらためて期待を裏切られ、現実に引き戻されました。

なぜ日本の景観やプロダクトやデザインは、こうもごちゃついてしまうのでしょうか。以前は戦後焼け野原になり思想が解体された後に高度経済成長期を迎えた事で信じられるものが物質としてあるものと資本主義以外無くなってしまったのではないか、そのような思想が景観やデザインに反映された結果ごちゃついてしまったのではないか、もしくは日本教によるものなのかという仮説を持っていたのですが、ゲーム全体を見通せない視野の狭さ、見通せたとしてもルールを変える勇気を持てないかルールを変えるという行為に対して余りにもリスクが高い(もしくは、そう信じてしまっている人が多い)所為で世の中の方向性が好ましくないナッシュ均衡に陥っているのではないかという仮説を持つ事も出来ました。

日本教の構造 山本七平の研究 「日本教の社会学」より

「中途半端に合理的」っていうのがいちばんマズいのかも。視野は狭いからルールを変えるに至らないし、好ましく無いゲームから離脱できない。ワーカホリックみたいな状態が普通だと思うようになってしまう。そうなるくらいならスピってた方がまだましです。中世の世界観に戻った方がまだましなのかもしれない。と思いかけましたが、大量のデータから機械は自ら教師無し学習することが出来るというテクノロジの進歩にはとても期待できます。なんとかそこにコミットしたい。時間がいくらあっても足りない。

私がいま出来ることとなると、時間、資本や社会資本を使い、日々勉強という自己投資をしつつ、データの見えざる手が生み出す豊かな世界が来る可能性を信じ、自分の価値基準と行動を信じ、手を動かして音やその他の成果物をアウトプットして信用を得て、自分の理想の世界に近づけて行くというフローを淡々とこなし続けるしかない。

実際アウトサイダーになってみると、人生というゲームの難しさに驚きます。そんなことどうでも良いから平穏無事に暮らしたいな。もう自分の為だけに音を作っていたいなと思う事はしょっちゅうです。ああ、めんどうくさいね。というポエムでした。

"maimai ORANGE PLUS"に楽曲が収録されました。

Yoshinoです。最近は近所のコインランドリーのドラム式洗濯機の横においてある、靴磨き洗濯機が気になっています。

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(出典:https://twitter.com/SEGA_OFFICIAL/status/495109186531774466 )

ところで、ゲームセンターに設置されているタイプのドラム式洗濯機こと「maimai ORANGE PLUS」に「ナミダと流星」が収録されました。ひとまずこちらの動画をご覧ください。

サウンドプロデュースは私、芳川よしの(@yosshibox)、ボーカルは和音(@harmonia_www), ビデオはyama_ko(@yama_ko) というなんともAquastellaな組み合わせになっております。ギターはタカヒラ。実はこの曲、世に出たのはつい先日ですが、2012年末に作った曲だったんですね。2年越しでお届けする事ができました。今の私のスタイルと聴き比べてみると面白い、タイムカプセル感もあって良いです。是非回してみて下さい!

ちなみに近所のコインランドリーは来週場所が変わってしまうようです。

まだ鬱で消耗してるの? 

こんにちは、芳川です。最近の趣味は読書です。

「天才と分裂病の進化論」(著:デイヴィッド・ホロヴィン)という本が面白かった。
現生人類と旧人の違いは何か。旧人にはなかったアート、宗教、技術への高い能力、これを生み出しているのが統合失調症に関わる遺伝子なのだと言う大胆な仮説を展開する。脂肪酸の機能に関わる遺伝子だ。
突然変異による遺伝子の異常が人間に進化のきっかけを与えた「禁断の果実」であったと同時に人類が統合失調症という創造性を失ってしまう病気のリスクも抱え込む事になってしまったわけだ。


この本が出たのは2002年頃なのだが、脂肪酸 統合失調症google検索をしてみたらこんな記事が出て来た。
脂肪酸の機能に関わる遺伝子の変異が統合失調症・自閉症に関連する可能性 | 理化学研究所
内容は専門的すぎて良くわからないが、脂肪酸の働きが統合失調症に関係あるという手がかりが出て来ているということなのだろう。他にもこういった話はいくつか出てくる。


だとしたら、雑に言うと脳からしてみたらただの脂肪酸不足、栄養不足なわけで、いろいろな情報を元に不足しているであろう栄養素をサプリメントなどを箱に書いてある一日の許容量を超えて結構大量に飲むなどしてみたところ、嘘のように頭がすっきりして日中の眠気も無くなった。「どうせいつもの体調不良が治った詐欺だろ!」と、自分で自分を疑いつつも今回は結構期待してしまう。注意深く経過を観察します。これまでの方法はどれも一長一短で副作用もあったのだけれど今回はただのビタミン剤だし大丈夫でしょう。長く続くと思う。


これが本当に効いているとなると体の不調から観た場合統合失調症とか鬱とかって病気は存在せずただの栄養失調だったなんてことになるのだが、メジャートランキライザーが莫大な利益を上げてる通常の精神医療って一体なんなのでしょうね。。とりえあずビタミン剤口に放り込んでそれでもだめだったら薬出すようにしたら医療費減るのでは。。ドーパミン仮説とは一体なんだったのか。。


ともあれ、栄養足りてない頭がうまく回らないしそこに必要な栄養を与えてあげれば頭が回るようになるというのは至極真っ当な話に思えるし、実際よく動いているのでこれでやっと人生が進められます。ビックリする事にこれだけ頭が回っているのに薬を一切飲んでない。なんてこった。

しかしこれはこれで問題で、体調悪いし頭を安定稼働させられないから〜〜は諦めよう、と思ってた事が全部可能になっちゃったぞ。。人生いろいろ諦めてきたのにある意味残酷ですよ。時間もずいぶんと浪費してしまったし、失った信用は数知れずだし。


本や活字がばしばし読めてまたどんどん勉強できる日が来るなんて思わなかったし、ひとまずそういったことが出来る喜びをかみしめたいと思います。

しかし同時に見事にこれまで曲をつくるのに使っていたわき上がる執着心というか狂気じみた思いも消失してしまったので全然クリエイティブじゃなくなっちゃいました。どちらかというとこれではさとりの方向性です。満たされていて一個体としては凄く幸せなのですけれども、身の不安定を最大限に活用してた作曲家としては終わったかもしれないです。終わらせたく無かったらサプリをいますぐやめて栄養失調状態に戻せば良いだけなんだが、戻すの怖いから嫌ですね。。


人間満たされ過ぎるとやる気がなくなるのかもしれない。ハングリーって脳に行き渡る脂肪酸不足、ってことだったのか。「ハングリー精神」は「ハングリー(になった結果脳に栄養が行かなくなって動作不良を起こしてしまった)精神」って意味だったのかなるほど!程よい栄養失調が大事なのかもしれない。そんなバカな。

「♪さかな さかな さかな〜 さかな〜を〜たべ〜ると 発狂しなくなる」

詳しい説明は面倒くさいので省きますが、今私がやっていることは花粉症を助長することに繋がるんだろうな。。。とある程度覚悟していたら見事に今シーズン発症しました。まあ仕方ないのですけれど鼻ばっかりかんでます。鼻セレブと同化しそうです。ほんとスギ花粉滅びろ。

情熱を持って継続して物事に取り組めるというのはそれだけで才能

こんにちは。芳川です。
情熱を持って継続して物事に取り組めるというのはそれだけで才能なのではないかと思う昨今です。ちなみに私は飽きっぽいです。

最近曲作ってると何が良いのか分からなくなって来ます。するとモチベーションが上がりにくいので論理構造だけ維持して他の細部を一切作り込まないという音が出来上がります。まるでこの文章のように。で、その音が良いのか悪いのかまったく判断がつかないので、というのもUltrapopを進めるために色々なデコーダーを頭に入れたら「全部の音が良い」と思える状態に状態になってしまって訳が分からなくなってしまいました。好き嫌いの偏りを持っているということは継続して物事に取り組む次か同じくらいに大事な事なのだと思います。この音楽は素晴らしい、この音楽はクソだって根拠はなくともばっさりジャッジできる人が本当うらやましいです。良くわからない音を友達に送ってフィードバックをもらってもやっぱり良くわからないままです。

ちなみに資本主義の考え方を音楽の良さの基準にしてしまうと「ビックマックが世界で一番うまい料理」という冗談みたいな言説を信じる事になってしまうのでぜひやめましょう。

自分の価値基準を信じるあるいは盲信出来ていると強い、というお話でした。


ここ1年くらい液化した音が来ているのかもしれない。具体例上げるとするならこの辺。


こういうのを勝手にビートが液化した音楽って呼んでます。脱構造主義建築っぽい。

構造がしっかりしてる音楽は聴いてて落ち着く。良さ。

テクスチャだけ張り替えて今風。こっちも良さ。


最近全然曲作ってなかったのですが、2月は時間つくってアンビルドアーキテクトの建築に勤しんでます。結局実装段階で'ありきたり'なものになっちゃうんですけれどもね。その辺が課題。もしかすると、プロになってやるんだっていうような執念で曲を書いていた時期に実装スキルがあがりまくってアンビルドな音楽をさっと作れるようになってしまっただけなのかもしれない。自分には判断つかないです。ただ最近言えるのは、狂気に似た執念みたいなものはすっかり無くなってしまいました。「〜〜ってアーティストを絶対に超えてやるんだ」って言ってる人を見るととても微笑ましい気持ちになります。「そう思えているうちは多分大丈夫だよ」と私は言った。


あと、自分の意識を'今'に留まっているのが凄く難しいです。頭がおかしくなってきたのか元からおかしいのかの議論は避けるとして最近時間感覚がいよいよ崩壊してきて過去から未来まで時間は全部繋がっていると思えてしまって目の前に広がる現実世界が虚構にしか見えない。それでいて至って健康なのですけれど。過去の記憶が全部前世に思える。なんだかなあ。

人が死んだり生きてたり、人間社会で成り上がろうとしていたり、なんだかおとぎ話かゲームのようにしか思えなくなってしまいました。現実感が全くない。そうなってくると私の時間を食いつぶす存在に嫌われようが、逆らおうが別にどうだっていいし、自分の信じたルールを押し付けてやらあ、というアンチソーシャルな行動をとりがちなのはいかがな物かと思います。最近電車内でiPhoneのフリック音入れっぱなしでカチカチメール打ってる外国人と英語で喧嘩してしまいました。こんなことをするためにTOEICスコア持ってるんじゃねえ、とちょっと凹む。

嘘がさってまた嘘がやって来る。あなたが信じている'真実'は過去のパラダイムを嘘だと言う新しい嘘なのでは。

誰かにつなぎ止めておいてもらわないとヘリウムガスの入った風船のように空へ高く、高く舞い上がり、やがて墜落してしまうだろうと思う。憂鬱の向こう側にいる私はいま、つなぎ止めてくれる人が居る事を嬉しく思います。地に足つけて生きたいけど果たしてそんな事私にできるんだろうかね。ソーシャル根無し草だから活動の場から次の場へジャンプする事を繰り返すだけなのだろうなあ。

友人が広い部屋に引っ越して婚約したんだという話を聞いたり、高校時代の友人から結婚式の招待状が届いたり、みんな等倍速で現実を生きようとしてるの素敵です。私にもまだ、ちょっとだけそういった普通の生活への憧れはあるのだ。テクノロジーと音楽は好きだけど、なによりも今この瞬間幸せで居る事を連続させることに勝る物なんてなにもないと思うから。

mus.hiba - まぼろし (Yoshino Yoshikawa Remix)

というわけでRemixをしました。

mus.hiba - まぼろし (Yoshino Yoshikawa Remix)


ちょっと懐かしい感じです。消えてしまったまぼろしをみつけてください。
それは何かはないしょなのですが、結構正解率は高いと思います。
ZOOM LENSのBandcampからフリーダウンロードNOW。


告知ブログと化すこのブログ( ˘ω˘ )

天川宇宙 - Hyperspace

天川宇宙ちゃんの新譜「平行宇宙マジカルプラネッツ」のM3'Hyperspace'のサウンドプロデュースをやりましたよ、と。


Ultrapopを支えるメソッド全部投入してます。ピッチ、タイム、テクスチャ常の如し。
ガラスのむこう側にある宇宙を見ているような質感。



ぜひ聴いてみてください!