Yosshibox Blog

「芳川よしの」についての最新情報を書きます!

The grace period has expired.

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Photo : Difficulty 5;

Do not go gentle into that good night,
Old age should burn and rave at close of day;
Rage, rage against the dying of the light.

映画インターステラに挿入として出てくるDylan Thomasの詩の一節ですが、鬱で病床に伏せっていた頃はこうやって切り抜けていたのを思い出しました。その映画に出てくるブラックホール東京メトロの前身である営団地下鉄コーポレートアイデンティティに似てるよねっていうどうでもいいツイートが1600+RT行ってしまい、人生ってなんなんだろうなって思ってます。

RTしてるような暇があったらインターステラー観に行きましょう。本当面白いから。


最近、本名で呼ばれる事が増えました。気づくとそっちの方の名前をうっかり書いちゃったりすることさえあります。以前は病院の待ち合い室で"芳川さん"って呼ばれると席を立っちゃったりしていたのにね。

言葉は何かを伝える意味を持つ記号であると同時にコミュニケーションのツールで、PHPというプラットフォームの上で会話する人達の文化を知らずして形式言語とはいえ書く事は出来ない。Sublime Textと白黒のターミナルの向こうにいる、仕組みを作った人達の思想やコードを書く人達の文化に触れるたびに、音楽という野生の思考の世界から理性の思考の世界に文化研究しに旅をしている気分になります。そしていつのまにか理性の世界の住人なような気がしてくる。

アーキテクチュアの向こう側には、必ずそれを作り出した人々の思想と哲学がある。そういうものに触れている時間はとても貴重なものに思えます。畏怖の念さえ覚えます。生きていて本当に良かった。




自分自身の音楽という部分をコメントアウトでくくったら、そこには何も出来ない、芳川よしのですらない私自身がいて、ひさしぶりに向き合ってみたんです。そしたらパズルゲームの楽しさに気づいた純粋な笑みを浮かべた少年がいて楽しそうにしていたんです。新しい事に触れるのが楽しい。私が欲しかったのは、ただそんな環境だけだったのかもしれないです。

とはいえ、私の記号処理能力の低さに改めて直面してヒイ!ってなるわけですが…。既に山を登った人達の励ましを得て、少しずつ前に進みたいと思います。音楽をちゃんとやっていなかったら得られなかった信用でしょうし、その信用がなければ多くの人が私の事を助けてくれなかったと思います。本当に恵まれていますし、ありがたい話です。

音楽も楽しいんですよ。思想をもった音の構造物をちゃんと設置して存在している事そのものに意味のある建築物をモードのコンテクストから切り離して構築していくのはそれはそれは、とても楽しいことです。


Starter: 10 Essential Japanese Netlabels | Features | Pitchfork
音楽文化紹介のホームページと行ったらこれ、Pitchforkのネットレーベル特集にYoshino Yoshikawaって名前が出てました。思想を持ってちゃんと取り組むと届く人には届くのだなあという、一つの結果ですし、とっても励みになりました。私はとてもラッキーなのかもしれません。そのうちいくつか音が発表されるはずなのでお楽しみに( ˘ω˘ )

Pitchforkにも載って、こんなに良い音を作る私を放っておくなんてまったくどうかしてるよ。DJ出演やRemix依頼は気軽に頼んでね。


良い音を作るというのは、コミュニケーションなんて一切出来なくてもそれだけで賞賛されるに値する事だと思うのですが、いまいちあまり恵まれていない人が多いなと思いつつ、新しい書き言葉を手にした私が出来る事はまだまだこれから沢山あるはず。ルールが気に入らなきゃ書き換えればいいんだよ、インターネットも安価なサーバーもスマートフォンもあるわけだから。

というか音楽、学習コストが高い割にあまりペイ出来ないので実家暮らしのミュージシャンが全滅した瞬間に音楽産業が空洞化するのでは…。いつまでこの状況続けるつもりなんでしょうね。私としては一向にかまないのですが。。


それはさておき、引きこもって音ばっかり作ってると発狂しそうになるので、来年は人の居る、高層階の日の当たる場所で真っ当な対価がもらえる仕事がしたいものです。そういったイメージが結構しっかり見えるようになってきたのでいまこそ決断をして進むべき方向を決定づけてリソースを全力で投入して、軌道から離脱するべきなのですが、踊り場で停滞していたい、現状をなんとか変えたくと同時に願ってしまうのがまた生き物という性なのでしょう。そろそろ占い師の助言が必要。


とはいえ、私は今年の終わりとともにもう間もなく自分の予め設定していた持ち時間を使い果たしてしまいます。これ以上Grace periodを延長させるリソースは私にも家にもどこにもないです。つまりもうここには留まれないので、次のソサエティに旅に出るとしましょう。スラスタの最大噴射と重力ターンであと1回分くらいは軌道変更出来るはずです。やれんのかなじゃなくて、やるんだよ。そんなに悲観的な話ではないと思うんだ。物事は変える必要に迫られて、具体的な対応策を検討して実施すると殆どの事は変わっていきます。逆に言うとそうしない限り変わる事はないです。これってすごくポジティブな話に今の私には聞こえる。音楽はライフワークとしてどうぞ続いてくれますように。

そんなことよりはやく温泉行きたい

けいちゃん(@satoketa)と先日ご飯をたべながら話してたときに出た話。

文化資本と経済資本が切り離されてきている」
「コンテンツの消費からコミュニケーションの消費に移行した」
「歌は聴く物ではなく唄う物になった」
「日本の音楽はカラオケが出てきた時点でそうなることが決定されていたようなもの」
「みるよりもやる方が楽しいし、読むよりも書く方が楽しい」
「インターネットの出現によって評論というものは壊滅した」

というキーワードが出てきたのですが、これらの話はgenroncafeの
「【生放送】平田オリザ×東浩紀 司会:内野儀「日本は『芸術立国』になれるか」

【生放送】平田オリザ×東浩紀 司会:内野儀「日本は『芸術立国』になれるか――文化から社会を変える」@hobo2010 @hazuma - 2014/11/03 19:00開始 - ニコニコ生放送

という放送に出てきた話だということだったので観てみた。
タイムシフトは11/10深夜まで可能ということなのでまだ見てない人は是非。


そこにけいちゃんは、「インターネット上の音楽クリエーターは歴史を参照して書くタイプの作家性を持つ人よりもデータベース消費をしながら曲を書く人の方が多いのでは」と付け加えた。

彼の話は続く。「音楽の話をするときに、音にタグをつけてグループ化して認識してコミュニケーションをとる人よりも『あのへん』とか『このへん』とかの指示代名詞でコミュニケーションをとる人の方が多いのではないか」

つまり、タイムラインではなくデータベースを参照しているということになる。データを抽象化しないで生データとして認識して分類して、曲作りに生かしている。一旦抽象化してデータ量を減らさないと記憶出来ない残念な頭しか持っていない私は脳内分析ツールを増やすことで高解像度化に対応してきたが、この話を聞いて、音楽を聴きまくって情報を常に頭の中に流してる人に認識と実装の精度で勝てないと常々感じていたフラストレーションのようなものがすっと腑に落ちた。膨大な情報を常に、高速に頭に送り続けられる人が未来を予測出来るのかもしれない。まさに"人力"データマイニング、ディープラーニング。音楽理論を闇雲に学んでも良い音が出来ない理由はおそらくこの辺にあるはずだ。


もっとも私の話で言えば分析ツールを増やしてたのは2013年までの話だ。最近になってこそ調子が良くなってきたので音楽を日常的に聴くようになってきた。抽象化出来ないノイズじみたところにこそ(たとえば、タイムフィールとピッチのグリッドからのズレ具合とか)感情がエンコードされてるのではないかと考えるようになったので「音を感じろ」ということを平気で言い出すようになった。それにアーティストが出した音を分析して法則性を見つけたりするのは研究者の仕事だし、それに私にはまだ出来ない。


ーーーーー

まとめると、要点はこの3つ
・コンテンツの消費からコミュニケーションの消費に移行した
・音楽もついにそうなった
・"人力データマイニング"が出来ないと変化においついていけない

これまでの話を踏まえると最近薄々と感じていた問題点が見事に言語化出来てしまった。みじめな気分になるしここにはあえて書くまい、と思う。制限要因に勝てませんでしたって言って辞める奴は何をやってもダメ。ほんとどうしようもない。


しかしながら、データベースの作成と消費を能力的制限から最も不得意とする芳川よしのというアーティストが"商業音楽"で何が出来るのかと考えたとき、やれることはもうなんにも無いよね…っていう無力感はある。おまけに美意識より役者、芸人的瞬発力とコミュニケーション力が何より重要だし。明らかに分が悪い。これはこまった。

しかし、これまで音楽が価値の中心であり続けた人がそう簡単に音楽を辞められるはずがない。それに、このロジックをアーティストとしての泣き言や言い訳に出来るわけ無いでしょう。かといって、日本のマーケットで求められるコミュニケーション的な視点での瞬発力のある曲をもう作れる気がしないです。美意識に反するし、なにより芳川よしのというブランドにおいてのリスナーとの約束をやぶる事になってしまうのが嫌です。そんな堂々巡りに陥りがちです。


クライアントワークをやるのは全然嫌いじゃないし金か他の形の信用や知識、財産とか作家性や作品へのリスペクトでもいいよ、ください。そういうのは引き受けるから!というかいま結構動いてます!


戦略を見直す時期が来た、ただそれだけの事なんだと思います。世の中の動きがどうあれ、「持続可能な創作」を念頭に本気出して道を模索するべきなんだと思う。その為にはまず生き残らなきゃ。


ゼロになっちゃった自分に次は何を足すのかなと考えている時はいちばんわくわくするけど、同時に自分の音楽以外の何も出来なさにゾクゾクしちゃうよね!マゾヒストじゃないはずなんだけどな。。最近すっかり寒いですし病みますわー。とはいえ、言う程病んではないよ。なので、「芳川よしの 病気」とかで検索するのやめてください笑


芸人的瞬発力はおそらく無理だろうしガツガツとコミュニケーションをとっていくのはキツいけど、Ultrapopの概念に人力データマイニングを取り入れた最近の作風は面白いと思うし、周囲にも好評だし、早い所公開したいです。その時代にまだない、触れたらビックリするような音を作れるとしたら、その作家には存在価値があるし、それを成し遂げるまで全然辞められないっしょ。
アミューズメントもいいけど、ちゃんとした作品とエンターテイメントを提供したい。


そんなことよりはやく温泉にでも行きたいです( ˘ω˘ )
足湯でダルさをfootbath、これでいきましょう。
というわけで最近もほにゃほにゃ生きてます。

無意味な音響情報にルールをみつける:これから音楽をはじめる人がおさえておきたい成長戦略

こんにちは、芳川です。久しぶりに新しい曲が出来ました。受けたはいいけど、今年の頭とか生きてるのが危うくなったり、体調が安定しなかったりいろいろしてて作ってないRemixだったりとか結構あるんですが(本当ごめんなさい…) 金品が絡んでないので強制されるいわれもないと言ったら無いのですが、やっぱり受けた時点では本当に作りたいなと思って受けたわけなので、本当に残念に思います。とりあえず、作れることが分かったのでまた地味にやっていきたいな、と。あとタイトルが意識高い感じですが、基本的にただの日記です。

音楽やってたら頭がよくなった?!

ところで、最近の過去を振り返ってシリーズの自分語りをまたしておきますと、この5年で明らかに"頭が良く"なってる。

この記事の中で言う"頭の良さ"とは

"頭の良い"状態

   * 抽象化されてない物事を抽象化すること
   * 抽象化されたことを処理してまた違った抽象化された概念で書き出すこと     


これらのスピードと精度が高い状態を"頭が良い"とでも言いたいと思います。元がひどかったので"比較的"って意味でとらえてもらえると幸いです。

別にろくすっぽ勉強した訳でもないのになんでこんなに頭の働きが変わったのかと気になってたのですが、

音楽を作る時って結局記号操作を連続して行う必要があるし、それを実際に音として鳴らしてみた時に頭にあるイメージと実際に出てる音を補正し続けるフィードバック制御をループで走らせてる訳で納得がいく所があります。簡潔にまとめると

音楽を作る時の処理モデル

頭にストアされた記号情報*1 → 処理*2 → 出力結果と比較してフィードバック → 完成

多分こんなもんなんじゃないのかな…


それから音楽を作る前に、準備段階として音を聴く必要がありますが

音楽を聴く時の処理モデル

音響情報 → 記号化 / 抽象化 → 頭のストレージにストア

"引き出しを作る"とはよく言った物ですが、それってこういうことなのかと。


あとは抽象化するときの精度が大事です。過度に抽象化しすぎると情報が失われてしまうのでよろしくありません。古典的なクラシック, ポピュラーミュージック的楽典に書かれてる範囲で抽象化しようとすると音響情報は失われますし、もっと分かりやすい例だとRPGとかで主人公がどういうステータスでいるかとか。「強い or 弱い」の2値じゃなくて「 HP : なんたら, MP : なんたら......」ってパラメタに分割するじゃないですか。raw dataを分析ツールを使ってどれだけ意味のある(抽象化された)情報に切り分けるか、というのが鍵になってくるのじゃないかと思う訳です。Yeah!めっちゃ構造主義

良い音を作る条件

    * 抽象化するためのルールを沢山もっていること
    * 様々な記号情報のストックが十分に頭に存在していること
    * それを十分に高速に処理出来ること
    * フィードバック制御をするだけの解析機能を"耳"(脳)が持っていること
    * 楽器でもDAWでもいいけど、それらを音としてちゃんと鳴らせること

まとめると、こういうことだと思います。


で、そういった「分析ツール」を持つ為に多数の楽曲を頭に"学習"させてるうちに規則性みたいなのを見いだしていくわけなのですが、それをやると膨大な時間がかかる訳で人間「書かれた物」から勉強する訳です。

しかし、音楽の場合、私に言わせれば現代の音楽はまともに研究されていないに等しいし、文化背景とかはよく文章化されているのだけれど、肝心の音楽がどういうルールで作られているかという部分は殆ど記述されていないし(例えば、Wobble Bass理論とか無いでしょ?)しかも、まっとうな研究をやっている人はまず「書かれた物」を紐解かないといけない。


ただ「書かれた物」ベースで調べ上げて分かった気になってたり、少ないツールで雑な抽象化をして雑なコピーを量産して「音楽分かった!」とか言ってると思わずコーヒー吹きそうになります。音楽の持ってる情報を十分には拾いきれてないよ…と。どの辺まで抽象化出来れば"十分"と言えるのかという議論は今後自動作曲をしたりすることがあれば、データフォーマット作るときにとても意義のある議論になるかと思います。というかほんとこれがすらすら出来たらどれだけやねさんに協力出来るんだろう…。

とはいえ、音声フォーマットで言えば44.1KHz 16bit Stereoで十分でしょ!ってコンセンサスでCDの仕様決めたのに、実際は情報量とっても少ないですし、自分なんかは最後に44.1KHz/16bitの320kbps AACに落とすのにもかかわらずプロジェクト設定を192KHz 24bitにして、オーバーサンプリングしてマスタリングしないと気持ち悪いな…って思うし、人間の感性はパラダイムの変化によって年々アップデートしていくものなのかとも思います。PlayStation2のゲーム今やったら「なにこれ古っ!」って思うのとだいたい同じように。

話を戻しますと、とはいえ、抽象化と生データの間にある壁は厚いのもまた事実なんです。なので家で学べない最後の1割を埋めたければやっぱり現地住民(パーティー・ピーポー)の中に飛び込んでいって調査(ダンス)するのは正しいですし、「グルーヴを理解したいなら酒飲んで踊れ」っていう先輩の指南はある意味正しい訳です。ちなみに私は下戸になってしまったのでもうお酒飲めません。

かといって「Don't think who you are, Know you are.」みたいなスピった話でもないと思うんですよ。最終的に"腹に落とし込む"もしくは"気づき"に至るというのはもちろんあるんですが、ちゃんと規則性はあると思うんです。

仮に気づきだったとしても、書かれた物によるテキストみたいのがあれば抽象化された文章で勉強することに慣れた、高等教育を受けた人達にとっては分かりやすいですし、実際にraw dataを目にする、もしくは耳にした時に「これ〜で勉強したあれだ!」って即座に割り当てられたら結構な時間短縮になると思います。でもそれを正確に記述出来ないのでくやしいですね。


結局、書かれた物から学べるツール類が音楽には揃ってないので、ミュージシャンの戦略としては、raw dataから既存の言語や理論でないルールを見いだし、自分の頭の中だけで通用する記号による論理体系を作り上げる(で、大体当の本人それを自覚してない)

っていうのがもてはやされるのも至極納得がいく話ではあります。酒飲んで踊れって話に通じる物があるのですが。とはいえ、境界を自覚してるならOKですが、パラダイムに支配されてる、反知性主義かつマッチョみたいな空気感は少なくとも私は嫌いです。


結局の所、「感性」というのもその局面や、ジャンル内だったりで、その音が良いのか悪いのかをミュージシャンの頭にある評価関数のようなものでジャッジしてるだけだとおもうので、それの味付けが色濃く反映されてると個性的とか言われるんだと思います。


「感性」という物は後天的に身につけることも出来ますし、神聖視する必要もないです。音楽の場合棋譜を読むのではなく音を聴いてアナライズ(chord解析だけじゃないよ!)して抽象化して頭に保存しまくりましょう。

これから音楽をはじめる人がおさえておきたい成長戦略

話が大きく脱線しましたが、じゃあこれからビートメーカーになるひとはどういう成長戦略取ったら良いの?と言う所に一つ答えが出せそうな気がしてきました。

先ほどの良い音楽をつくるにあたっての条件を書き換えてみますが

    1.無意味な音響情報にルールをみつけること
    2.学習させるにあたっての元楽曲の量と質の良さ
    3.高速に記号処理をすること
    4.それを適切に出力できること
    5.良い"耳"でもってフィードバック処理できること

が求められる能力だと思います。そして、それらは他の物に例えると

    1.語学学習のリスニング
    2.曲を沢山聴く
    3.パズル
    4.楽器練習 / DAWの操作
    5.語学学習のリスニング

この辺りが近いのではないかなと。高等教育を受けている人だと2~4はよく慣れてると思うのであとは1.の

1.無意味な音響情報にルールをみつけること

これを大事にしたら良いのかなと思います。与えられたルールだけでは、このゲームで強くなれませんよ。


なんかこんな話してると「それでお前どれだけ凄い音作るんだよ!」って言われそうですが、11月に発表がある音源をお待ちください( ˘ω˘ )めちゃ良いよ。
あと高等教育って散々言ってるけど私は受けてません!!
    
 

*1:〜の音色, 〜の響き といった漠然としたクオリアからさらに抽象化されたCm7b5の2転 といった表記法まで含む

*2:頭の中がどうなってるか知らんけど、多分なものの組み合わせで記述出来そう

止まっていた時が動き出した:音楽がやりたいのか、それとも音楽で飯が食いたいのか

この半年の重大ニュースをまとめておこうと思う。おそらく、とんでもない環境変化が起きてるはず。つまり、ただの日記であり、自分語りです。

鬱が管理下になる

前のエントリで書いた気もするけど10年以上拗らせてる鬱がやっと管理下に入った。西洋医学と東洋医学に感謝。ああなったときはこうして、こうなったときはああする、といった回復ノウハウもだいぶ貯まってきました。これは本当に自分史上エポックメイキングな出来事です。まあどうにか人生やれるようになった訳です。産業革命並に凄いことだよ、うん。健康な読者諸氏には伝わらないだろうけど。もっと早く治ってたら私、いろんな分野で優秀だったんだろうなとか思うとちょっと悲しい。とはいえ、そんなことを考えても仕方が無いのだ。少年老い易く学成り難し。

私は音楽しかできないという前提が崩れる

そもそも私がなんで音楽をはじめたかって

なにか一芸に秀でることが出来れば、引きこもりで学校にも行けないようなどうしようもない人間でも生きていくことが出来るのでは。頭が回らないからプログラミングは無理だったけど、音楽だったらどうにか出来そうだ。

imoutoidの活躍をみていてそう思えたのがきっかけなんです。彼の全国の拗らせてしまった10代に希望を与えた功績はもっとたたえられても良いと思います。で、体が動いて朝起きれてまともな思考ができるってことは、音楽じゃなきゃいけない前提が崩れちゃった訳です。

別に音楽じゃなくてもいいのでは…と思うように。そんなときにこんな話が舞い込んできた。

面接受けたら受かってしまった

知人の紹介でSIer系の某社のシステム保守的な仕事をやらないかと誘われたのですが、面接受けてみたらなんと受かってしまい、だるかったら1ヶ月でやめよう、すぐにとか思ってたら5ヶ月経ってました。週1〜2日だけどここまで続いてるの凄い。ただ、最近日々の業務が単調すぎてもうそろそろ良いかなとおもったらプログラミングの研修をやらないかというお声がかかった。何かのチャンスだと思い即答で「やりまーす」と。これまで挫折しまくってたけど今度はうまくといいな。別にコード書くのそんな好きじゃないけど、私はハッカー文化の背景にある「徹底的な効率化」とでも言うべき哲学が好きなのだ。

別にshowbizじゃなくても良いのでは

音楽で成り上がっていこうと考えたときに、一般的に考えられるキャリアパスはパフォーマー(芸能人)になること、もしくは職業作家になることだ。前者であれば、コミュニティ(シーン)の中で切磋琢磨して影響力を上げていかなければならないし、後者であればバンバンコンペに曲を出して成り上がっていくべきだ。

そもそもコミュニケーションはそんなに好きじゃないし、お酒もいまや飲めない。(この間軽く一杯…と思って飲んだら気分が悪くなってしまい一緒に居た人に迷惑をかけた。)最初の頃は、技術的にもステータスとしても着実にステップアップしてる実感があった。技術的に優れていればどうにかなるかもしれない…!って希望があった。いつしか、自分が本当に素晴らしいと思う音だけを発信したいと思うようになったし、出てきた音をリスナーの皆さんがどう思ったのかは人によるだろうけど少なくとも私はその為に本当にhardworkしてきたつもりだ。しかし、その為にはクレディビリティがないといけない。届ける力を持っていると見なされるに値する状況か、具体的な数字だ。そして、クレディビリティを得ようとしたときにこの国では美意識というのは害悪でしかない。そんなものを誰も求めちゃいないのだ。少なくともBtoBでは必要ない。皮膚感覚の話だが、譲れない何かを持っている人よりも、それで飯が食えるのかという方が大きなイシューなのだと思う。プライドで会社は儲からない。しかし、音楽ビジネスのモデルが崩壊しつつある今、プライドを捨てても儲からないのだ。


ソニー「プライドで会社が儲かるか!」VS ジョブズ創業のピクサー「自分たちが良いと思わないものは、決して世の中に出さない」|リーディング&カンパニー株式会社

音楽がやりたいのか、音楽で飯が食いたいのか

音楽がやりたいのか、音楽で飯が食いたいのかクリティカルに考えることは重要だと思う。私はプライドを捨てるくらいなら、音楽で飯を食うことを諦めるよ。結局、私が音楽で言ってることってWebで例えてみると「1億ドルで、私が作ったこの最高のウェブサービスを買ってくれ」ってPV数があんまり無い状態で言ってるのと同じなんだよね。物が良いのは間違いないんだけど、それすなわち価値っていうのとは違うでしょ。分かってるよそんなん言われなくても。余計なお世話だ馬鹿野郎

かといって、採用されるかどうかわからないし、採用されてもサウンドをコントロール出来るかどうか分からないコンペに使って良い時間は私にはないのです。作りたいと思う音を趣味的に作るのが良いのだと思う。サウンドの質とかじゃなくて、本当に好きで作ってない音楽なんてフェイクだと思うし、そんな音聴いても誰も喜びやしないでしょ。そっちの方がうまくいく気がする。取りにいきたいコンペっていうのは存在するけども、例外的です。


引き続き頼まれたらもちろん音楽つくりますけど、制作費と待遇、もしくは熱意、リスペクトまたはインセンティブを提示してくださいね。良いものを作るのには必ず必要なことです。やるからにはちゃんと良いものを作りますよ。私がそこで妥協しちゃうと私の後ろに居る人も困るのです。

好奇心で動き続ける為に整えなきゃ行けないことはまだまだ沢山あるのですが、ちょっと先が見えてきた気がします。楽しく音楽したいよね。フューチャーファンクは最高。

テクノロジを足していこう

もうN88BASICで遊んでたころから言い続けて10年くらいになるかもしれないけど、やっとプログラミングのスタートラインに立たざるを得ない状況を作りました。何回挫折したか分からないけど笑
向いてないんだよなー…とは思いつつ、車輪の再発明が日夜行われている音楽制作の現場で、テクノロジで何ができるのか。省力化って方向もいいけど、もっと簡単に楽器を演奏出来たりする方向に持っていきたい。実は音楽ってタイム感とピッチの変化具合で気持ちが伝わるっていう秘密に気づけたら、ポケモンで言う所の四天王クリアみたいなもんなんです。そこからが本番なのだけど、そこまでも異様に大変。だったら、タイム感理解までツールアシステッドでショートカットしたら他のことに時間使えるし良さそう、って思う訳です。みんながこの秘密に気づいて秘密じゃなくなっちゃったら、良い音楽しか残らなくなるよ。

音や音楽に真面目すぎてしまった人が、時間を使い切ってしまったり、貧困に喘いでいたり、音楽自体を呪ってしまって堕ちていく「こんなの絶対おかしいよ」な状況をこれまで何度も見てきたけど、そんな彼らの希望を呪いに変えたくはないですね。絶対大丈夫だよ。私はどうやら芸能の世界は向いていなかったみたいだし、せっかく鬱から生き返って、時間と能力をゲットしたので、残りの人生はそういうことに使っていきたいです。テクノロジは劇的に進歩したし、IoTの時代に音楽の未来は明るいと思うのだけどなあ。なんかいまいちどのサービスも、仕組みも、音楽のポテンシャル生かしきれてないよね。面白そうなアイディアはあるのですけど、今はまだひみつです。というよりか、言った所でスケールデカすぎて妄想話かSF小説にしか聞こえないので。ひみつは他言無用です。


それから、若干引用元のネタが古いのは最近アニメ見てないからです。お詫びの言葉もありません。ヒイヒイ…


年内いっぱいは、芳川よしのとしての活動に精一杯取り組んでいきたいと思います。別にやめる訳じゃないよ!しかし、世の中に絶望した、かといってなにも持ってないプライドだけは高い一人の少年が、音楽に真摯に取り組んだからこそ、人と出会い、別れ、得難いものを得て成長してくストーリー、本当良い話だなって自分では思ってます。知らんですか、そうですか!

いままだ2時間映画だと1時間くらいの所なので、ちょっと気が早いな。やりきったらだれか映画化してください。踏み出す人に割と世界って優しい気がするので好奇心のままに動いていきたいと思います。


応援してね( ˘ω˘ )

鬱が治らない人は思想を変えて必要に応じてお薬を飲めばいいと思うよ

最近しばらくブログ書いてなかったので書いてみようと思います。
というのも「凄いアイディア思いついたんだけど、ひとつはなんとかで、もうひとつは…あれ全く思い出せない」といった事が先日あったから。回復してきたとはいえ記憶にインデックスをつけないと思い出せなくなっちゃう程度の脳機能なので、そういう作業です。

病気が落ち着いてきた

頭の持病なのですが、最近どうやら落ち着いてきました。おそらく非定型うつ。最後にたどり着いた漢方と西洋医学的治療を両方取り扱ってる先生の見立てがいちばんしっくりくる。

2001年 当時小学生。人生で頭が回らない無気力な状態を初めて体験する
2005年 記憶力が落ち始める
2007年 学校に通えなくなる
2009年 脳の機能が落ちすぎて人格が荒廃する。芳川よしのをはじめる。
2010年 治療開始、人間としての活力が戻ってくるが、副作用で体重が増え始める。
2013年 太りすぎたのでこれまで飲んでいた薬をやめてあらゆるホメオパシーやら鍼灸やら西洋薬(保険適用)やらタバコやニコチンパッチなどをだいたい全部試す。ホメオパシーの本質はおそらく自己暗示。しかし、コストが高すぎる。鍼灸はやってて気持ちがいい。ただ、劇的な改善にはならず。西洋薬は恐ろしく良く効くものもある。でも副作用が強い。タバコはくさいのでつらい。ニコチンパッチは動悸がひどかったので中止。そして全部辞めるとやっぱり人格が荒廃してひきこもりに。
2014年 自分にぴったり合う薬の組み合わせを発見して、真人間に近づく。漢方薬をここにきてはじめて試すけどなかなか調子がいい。20kgくらい体重を落とした。悩みがあまりなくなった。

というわけで記憶力も情報処理能力も少しずつ戻ってきてて、人間としての生きる喜びをほぼ10年ぶりくらいに取り戻しつつあります。ときどき不安定にはなるけど対処法はあるし。

普通に鬱の治療してて治らない人は

とりあえず医者の言う通りに薬飲んでるといつのまにか薬漬けって事案はよくあるので、全部見通せてるようなDr.を探すと良さ。あと自分で情報は調べる事。メンタルヘルスこじらせると人間は死ぬのでそれをふまえつつ慎重にかつ大胆に進める。

まず思想を変える

・鬱などの気分障害は脳のハードウエア的不具合で発生するエラーが殆どの原因なので気の持ちようでどうにかなるという幻想をさっさとゴミ箱に捨てて空にする。どうにもなんない。1+1を3って返すようなコンピュータでソフトはまともに動く訳が無いじゃない!


…というのをふまえた上で、ソフトウエアが重いとまたシステムクラッシュするので軽量化していく。


・気の持ちようでどうにかなる精神論と自己管理をすることが出来るということを信じてる人間には 「胃腸がものすごく弱い」というキャッチーな嘘をつく。だいたい通じる。(本当に胃腸の弱い人にはごめんなさい。もの凄くつらいと思います。)


ステークホルダーにはちゃんと説明する。ただし理解されようとは思わない事。(冷静に考えて、自分がなった事の無い病気なんて分かる訳が無い) 説明して不利になることも多いので、そういう時は黙ってるのもあり。


・投薬してアクティブな人生を送るか、投薬しないでぼんやり過ごす人生にするのかを決める


・病気になっちゃった自分の境遇をあんまり呪わない


・物事はつねに移り変わりゆくものであるということを知る。人はいつか死ぬし「いま、ここ、私」以外の事はどうでも良いし、どうにもならない。だから考えない。(Be here and now.)


・自分が見ている風景、色、これらはそう見えているだけで、異なるレスポンス特性を持った他の生物の感覚器官(たとえば虫とか)から観た世界はきっと全然違う。


・とりあえずいま生きれてる事に感謝


・自分が生きてる事を喜んでくれる誰かがいるなら、たとえ寝たきりでも生きてる価値はあるよ


・それでもだめで、宗教が必要で、悟りをダウンロードしたいなら般若心境でも読んでみる
 → 要約すると「こだわるな」ってこと。「〜であらねばならない」って考えるから苦しい。理想的な状態なんてそんなにあるもんじゃない。

Shorter Prajñāpāramitā Hṛdaya Sūtra - Wikisource, the free online library


・別に宗教はなんでもいい。信じなくても良い。思想は良いものが多いのに、コミュニティ自体が利権になっちゃってるように見えるのでだるそう。そんなのはどうでもよくて、大事なのは、唯物論に陥る事だけは避けること。検証されたものこそ全てである科学哲学は苦しい人を救ってくれない。仕組みに気づき本質を見抜く事。


・やれるだけのことを、やれるときにやればいい。無理をしない。


・「いま、ここ」しかない民族の人は幸せそうに生きているという事実

既成概念を遥かに超越。謎の言語を操るアマゾンの少数民族『ピダハン』 - NAVER まとめ


・自分がどうしようもなくなったときに掛け値なしにサポートしてくれた人は特に大事にする。そうでない人も大事にする。つらそうな人がいたら優しくする。怖がってる人がいたら怖さをとってあげる。言葉で相手を傷つけない。ちゃんと考える。(Keep your mind right, I'm on your side.)


・自分の行動が相手にどう思われるかというのをあんまり考えすぎない。その人とどういう関係性で居たいのかというのを明確にして、行動を選ぶ。


・自分の思いを大事にすること。あなたは限りある生きている時間で何をしたいのか


・時間はとても大事なので相手を多少イラつかせても自分の時間は守っても良いのかも


その次に、気のフローを良くすることを考えると良い

漢方薬で気を整えてストレスと再発リスクを低減(抑肝散, 桂枝加竜骨牡蛎湯など)
・適度な運動, 野菜の多い食事, 良い睡眠
・過眠などの睡眠障害が出たときは、専門の病院に相談。
向精神薬(Major Tranquilizer)の使用は最少量にとどめる。副作用が大きすぎるので。ただし、ベネフィットがリスクを上回ると判断したときはためらい無く使う事。

いち動物として実直に生きることが、ストレス低減に繋がる。健康な身体を維持する事。


私の場合は、モディオダール, エビリファイ, 抑肝散, 桂枝加竜骨牡蛎湯を併用して、副作用最小にしてばっちり動けるようになりました。


と同時に、頭が良く動くので悩みが無くなってしまい、呪いもなくなり、負のエネルギーもなくなりすっかり曲がかけなくなりました。とっても困ってます…。人間適度に俗っぽい方が良いようです。対応策は検討中…。


まあ、万人に適用できるとは思わないから、そんなんじゃ治らないって類いの苦情は一切受け付けないよ( ˘ω˘ )勝手にしやがれ。死にたきゃ死ぬのもありかもしれない(苦痛が続いてる人、割とつらそうだし本気でそう思う。ただ、残されるものはめっちゃ悲しい。。)

ヒントにはなるといいな。

Bluetoothレシーバーを買った

ここからは全然関係ないのだけども、打ち合わせだか、なんらかの用事で最近外に出る機会がとても増えたので出先で音楽を聴けたり本を読んだりしたら時間を効率的に使えるのでは…と思いBluetoothレシーバーをゲットして、電子書籍を本格的に導入してみてから1ヶ月が経つ。


私が買ったBluetoothレシーバーはこれ。これに愛用のHD25を差して使う訳だけども、なかなかどうして良い。iPhoneに長いケーブルがついていると取り回しがとても面倒なのだけれど、Bluetoothは当然ワイヤレスなので音楽を聴いてる最中にiPhoneを操作したくなってもケーブルが絡まらない!これは凄い。音もこれまで使ってきたBluetooth関連機器の中でいちばん良いかと思います。iTunesライブラリにインポートするときにAACエンコードしておけば音も悪くないし、電車の中じゃ気にならないよ。

電子書籍リーダーはiPad miniにi文庫HD, Kindleを入れて使ってます。Kindleで買えるものはkindleで手に入れて、そうでないものはBookscanに送ってpdf化してもらう方向性です。バックライトあるし、文字も大きいし、紙媒体の本を読むのがとても苦手だった私にとって革命的事件でした。だって、本がすらすら読めちゃう訳だから。何冊入れても重さは変わらないし。しかもKindle版はちょっとだけ安い本が多い。半額くらいで買えるものもあるし。


…というわけでこうした生活は1ヶ月くらい続けてみたのだけど、移動中に本読んだりヘッドフォンして音楽聴いたりするの全然得意じゃないし、ストレスがササっと溜まる事がわかったので家で座ってじっくり本とかに向かいたいものです。人間どうしても向き不向きがあります。ちょっと元気になってきたからといって調子に乗ってしまった。



まあこんな調子です。とりあえず生きてますよ、と。

プロデューサーは「グローバル・ニッチ・ハイクオリティ・コミュニケーション」を目指せ

先日、チームラボ代表、猪子さんのコラムを読んだ。


結論としては、ハイクオリティに携わるのであれば、グローバルレベルで地獄のような競争をしていかなければいけないし、逆に言えば、グローバルレベルでハイクオリティになれば、これまであまり儲からなかった分野であったとしても、これまでよりもずっと簡単にマーケットがグローバルになり、富が集中するのです。そして、その変化と同様に、ローカルでは、コミュニティによる影響が強くなっていくのです。それらひとつひとつは、経済規模が小さかったり、場合によっては非経済なモデルになったりするかもしれませんが、全体としての影響力は非常に大きくなっていくのです。ビジネスとしては、AKB48のように、コミュニティに耐えうるような、新しい設計がヒントになりうるし、もしくは、初音ミクのようにコミュニティに提供するツールや、ニコニコ超会議のような場の提供が、ヒントになるかもしれません。少なくとも、これまで経済の中心であった、ローカル・ハイクオリティ(ハイクオリティであるが、国内でしか通用しない)というものは、すべての分野で苦しくなるのです。なぜなら、ハイクオリティであるがゆえにコミュニティを持てない、だからその延長に"コミュニティとの一体モデル"を持ち得ないのですから。世界は、やがて、ローカル・ハイクオリティが死に絶え、グローバル・ハイクオリティでノーコミュニティ層と、ローカル・ロークオリティでコミュニティ層の組み合わせに分たかきたら。れていくでしょう。それらは、交わることなく、より分断されていきながら社会への影響力を強めていくのです。

猪子寿之の考える「全員主役。」時代のビジネスとコミュニティの関係 | GQ JAPAN

興味深い内容なので是非ご一読を。アレンジを加えつつ私なりに要約してみます。

コンテンツは4タイプに分類できる。
グローバル・ロークオリティはそもそも成立し得ないので除外すると3つ。

グローバル・ハイクオリティ

熾烈な国際的品質競争に巻き込まれこそするものの、マーケットが大きいので富が集中する。日本人が目指すには語学の壁がある。

ローカル・ハイクオリティ

ハイクオリティだが、グローバルな訴求力がないものがここに入る。品質を追求するためにコスト高なのだが、マーケットが小さいので回収できない。ジリ貧。

ローカル・ロークオリティ(コミュニケーション)

グローバルマーケットがでは通用しない低品質なものがここに入る。品質以外の価値をつける必要があり、たとえばコミュニティによる付加価値(友達がもっている、パワーのあるブランドイメージを持った人が作っているなど)が価値基準になる。


このロジックを音楽に当てはめてみると、成功のためにミュージシャンが目指すべきパスが見えてくるかと思いきや、そんなことはなかった。ビジネスの構造を変えない限りブルーオーシャンはないからだ。グローバル・ハイクオリティにいくにしろ、ローカル・ロークオリティ(コミュニケーション)を目指すにしろ音楽だけでの差別化が難しいのでミュージシャンにとって血で血を洗うレッドオーシャンでの戦いになるのは必至。グローバル・ハイクオリティを目指すのであればネイティブと遜色のない英語力を身につけた上で単身切り込んでいくか、日本でクレジットを貯めるかのどちらかだと思う。
※ローカル・ハイクオリティを目指すのは自殺行為なのでやめましょう。

どんな音をつくりたいのか

結局は思想的な話になるのだと思います。
自分がどういうものが好きなのか、なにを成したいのか、何を作りたいのか。
つくられたものは、その物を生み出した思想、時代や文化が乗る。音楽もまた例外ではない。あなたは今この時代、どんなサウンドを作りますか?


会社はどこかしら傾くかもしれないけど、大丈夫。音楽は無くならないから。
ただこのままShowbizに重きを置きつづけていると、可愛い女の子は消費するけど音楽を消費しないって文化になっちゃいそうな気もする。もしかしたらもう既に、コミュニケーションか可愛い女の子しか消費されなくなっているのかもしれない。これこそ危惧すべき状況でしょう。お金が稼げるからってクライアントの要求を飲み過ぎる職業作家にも責任があるとおもう。いかなる時もあなたが好きな音をつくってください。

(美意識も、好きなものも、コミュニケーションすらも取る気がないなら機材全部ヤフオクで売り払って孤独に暮らせ)



日本人の英語力が諸外国並になるのにはあと20年くらいかかりそうなので、よっぽど英語が得意で音楽も得意って人以外は私みたいにTwitterで「TOEICなんとか点ダー!」とかってぬか喜びしてないで淡々と学んで英語を実際に使えるようにしつつ、ローカル・ロークオリティ・コミュニケーションのフィールドでとりあえず生き延びる他ない。ただ、サウンドの質を追求しても価値になりにくいし、一切国外にスケールしないのであんまり面白くないと思います。

グローバル・ニッチ・ハイクオリティ・コミュニケーション

で、まだ一つあったまだちょっと青い海!
「ローカル・ハイクオリティ」はジリ貧なのでやめましょうという主張を展開してきたけれども「ローカル・ハイクオリティ + コミュニケーション」はグローバルコンテンツに化ける可能性がある。
きゃりーぱみゅぱみゅを、Baby Metalをみてほしい。コミュニケーション強度もコンテンツクオリティの強度としても世界レベルで戦えるアーティストがいるじゃないですか。グローバル・ハイクオリティ、いやグローバル・ニッチ・ハイクオリティ・コミュニケーションなれる、現実的な可能性なのかもしれない。


音楽で作家で稼ごうとしちゃうと濁流に飲まれてしまうので、自身のブランドとサウンドを磨いて確立しつつ、コミュニケーションをして、時々企業案件をやってお金を稼いで、ローカル・ハイクオリティ + コミュニケーションからのグローバル・ニッチ・ハイクオリティ・コミュニケーションを目指すのをこのBlogとしてはお勧めしたいです。ジャンル(様式)とはコミュニケーションの土壌という点以外だと、あくまで様式なのでそこを踏まえた上で次に何をするのかという点を重視してほしいです。自分のユニーク性を確立してほしいと思う。


ローカル・ハイクオリティでマネタイズ出来てない人達が音楽をやめていってしまうのは大きな社会的損失なので、そこはなんとかしたいですね。テクノロジが解決する可能性にかけてみたいと思います。お楽しみに。

まとめ

音楽で金稼ごうとか思うのやめろ
英語勉強しろ

しばらくBlogを更新していないなと思い

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Yoshino Yoshikawa Blogっぽい更新をしばらくしていなかったので、書いてみよう。

まずPICNICのお話

2週間前からクラウドファンディングプラットフォーム"PICNIC"で「ラブリーサマーちゃんと芳川よしの」でCDを制作するためのクラウドファンディングをしている。60万円の募集に成功するとCD制作が決定し、一昨日目標金額を無事に超えることが出来た。期日まであと4日を残して、現在の募集金額は743,000円。さらに100万円に設定してある追加のストレッチゴールを達成するとAvec Avec, The Wedding MistakesによるRemix、2.5Dでのリリースパーティーの開催といった内容が追加される。もしストレッチゴールを達成できなくても通常ゴールを達成した以上CD制作は責任を持って行うので、「ストレッチゴールを達成できる可能性」というシナリオに参加出来る前売りCD的な性格になっている。参加者にもはやリスクは無い。握手券でこそないものの、性質としては同種のものだ。


まだPINICしていない方々へ。是非、今しか出来ないこの体験を得るために"PICNIC"してほしい。8/3(日)23:59が〆切りだ。〆切りを過ぎてもおそらくCDは買うことが出来る。しかし、あなたにとって、私たちにとってこのクラウドファンディングプロジェクトに関わるという出来事は間違いなく「一回性」だ。プレスリリースを打つ段階では媒体にコネクションを持つ人物に協力をお願いしたりもしたが、サウンドと予算は間違いなく「ラブリーサマーちゃんと芳川よしの」が握っている。説得すべきスポンサーやクライアントはここには存在しない。邪魔も無いので間違いなく私たちが良いと思えるものが作れる。だから安心してPICNICして、このストーリーを一緒に紡いで欲しい。


PICNIC | ラブリーサマーちゃんと芳川よしのと、CDをつくろう!




さて、改めて。通常目標を達成したということは、無事にCD制作が出来ると言うことだ。詳細な見積と納期の確認を各所に行う必要が出てくる。業者に見積をお願いするだけして「計画失敗したからやっぱり無しね」ってのも迷惑かと思い実はしていなかった。連絡、確認、調整といった事務タスクがちょっと集中してしまって大変だが、嬉しい悲鳴だ。

クラウドファンディングのリスク

クラウドファンディングはこのように、短期間にして多くの人から資金を募ることも出来るが、失敗したときにはプロジェクト開催者の信用を大きく損ねることに直結するリスクの高い資金調達法だ。アプリケーションや製造など実際にモノを作っているのであれば、他の方法でも調達出来るかもしれないが、音楽は文字通り空気商売だ。「何か実際に引き起こすんじゃ無いか」という空気が広まってくると信用が創造されていく。反対に「こいつはもうダメだ」という空気もあっという間に伝搬する。それをおそらく嗅覚で感じるのだろう、ミュージシャンはあらゆる方法を使って信用を創造しようとしていく。ソーシャルネットワークサービスが出てからそれらが誰でも観れる形で可視化されるようになったが、ミュージシャン同士が同じ写真に写ったり、影響力のあるミュージシャンに取り上げられたといった内容は素早く書いたりmentionを飛ばし合ったりしている。それらも立派に創造の一環だ。考えながらやっている人も中にはいるのかもしれないが、おそらく無意識的にやっているのだろう。私はそういうのは面倒だと思う。ただ、今まで伝える努力を怠ったり、誤解を解く努力をしていなかったので憂き目にもあってきた。その点は頑張っていきたい。

「いま、ここ、わたし」を生きろ

後出しじゃんけんのようでちょっとずるい話なのだけど、書いておこうと思う。もし今回失敗したら特に引退を宣言するわけでも無く、芳川よしのはひっそりと姿を消そうと思っていた。コミュニケーションと文化で何が出来るかなんてことを考えるのもちょっと嫌になっていた。ピュアなテクノロジーの方がいくらか私の心をつかむのだ。音楽で稼げない?何の問題がある。これだけ音楽が作れて、人に理解されて、もうコツを知っているので楽器も練習すればするだけ上手くなっていく。素晴らしいことじゃないですか。鋼の錬金術師で言うところの両手を合わせたら即錬成出来るような状態ですよ。知性、これ以上の価値を持つ宝物は私にはわからない。


何も人生音楽だけではない。人工知能だってソフトウエア開発だって面白そうだ。やりたいことは沢山ある。アーティストとしての未来を失っても全てを失うわけでは無い。一つの事に執着しすぎて今を生きれなくなってしまうということの方が何より恐ろしい。転んだらもういっかい立ち上がればいい。


体長の悪いときは「まだ続くのか!辛すぎる早く終われ!」と本気で思っていたが、いざ自由を取り戻すと死ぬのはとても不気味だ。



2週間前、私は焦っていた。最悪のケースとして自分の社会的信用を使って99,999円ピクニックしてでもプロジェクトを成立させ信用を守るべきなのではないかという悪行のオプションも頭によぎったが、それのおかげで私が音楽に執着していたということに気づけた。結局物事はなるようにしかならないし、あるがままでいるしかない。だから、その手段は使わないことに決めた。


幸いにしてもう使う必要もなくなった。
私たちのビジョンを信じてくれた143人もの人々が支援してくれたから。

よろしい、ならば音楽だ

奇跡的なバランスで今、私はまだ生きている。音楽もまだ続けていいらしい。
自分が自分らしくあるという願いだけはランプの精もかなえられないけれど、いまの私ならかなえることが出来るだろう。次なるビジョンはもういくつか用意していて、かつ動き始めているものもあるので期待してていいと思います。間違いなく世界が面白くなるものです。

間違いなくチャンスをもう一度手にした。全力で取り組みたいと思う。

ところで

自己啓発系の本で著者が「いま、ここ、わたし」を大事にしろと口を揃えて言い出しちゃうのなんなんでしょうね。人間極限状態を経験した後に回復するとスピるのかな。